2014年

10月

14日

フリーペーパー『たびしぃじょ vol.9』

 

フリーペーパー『たびぃじょ vol.9』が発行されました。
ますますおしゃれにかわいく、充実した内容となっています。


vol.3から関わらせていただいているので、もう7冊目。時の流れははやいものです。
むさび構内のチラシを見て『たびぃじょ』に出会ったのが大学3年の夏だったので、今号でちょうど丸3年が経ちました。

イラストレーターとして踏み出したばかりのころで、仕事をしたいけれどどうしたらいいかわからずエネルギーの発散場に迷っていたわたしにとって、「たびぃじょ」のイラストレーター&デザイナー募集のチラシは輝いて見えました。

たしかそのとき既に募集の締め切りを過ぎていたんだけど、ダメ元で連絡をして、新宿のカフェで当時の編集長の石原さんや笹本さんにお会いして活動内容などを聞かせていただいたこと、今も鮮明に憶えています。

 

「こういうイラストをください」って頼まれてイラストが描けることがうれしくて仕方なかった。

プロのまねごとのようだったかもしれないけど、心はプロと変わらず、命を削ってがんばろうって、大げさすぎるかもしれないけど、そう思っていた。

入稿直前、フリペの中核を担うみなさんが我が家に集結して、みんな徹夜続きのすっぴんボロボロで入稿作業をしたことは、ものすごく大変だったけど、とてもとても大切な思い出。

きっと、この先も、あのときの気持ちを忘れちゃいけないんだって思う。

 

一度もひとり旅をしたことのないわたしが、学生でなくなっても、こうして関わらせてもらえること、とてもうれしいことだなぁと思います。

世界に飛び立つ学生さんたちで構成されている団体なので、代替わりもはやいのですが(実際、vol.5以降くらいからは現役のみなさんにお会いしたこともない笑)、「もうそろそろ頼まれなくなるかなぁ…」とさみしく思いつつも、毎回連絡をくださって、本当にうれしい。

あのころのわたしのようにイラストを描きたい学生さんはたくさんいるはずだから、わたしも代替わりをしたほうがいいのかと正直迷ったこともあったけど、求めてもらえる限り応えていきたいと思っています。

てかね、たびぃじょのためにもイラストレーターとして売れたいと思う。(まだ売れてなくてごめん、がんばるからね!)

 

人生のとてもいい時期を生きている女の子たち、わたしにはない若さと実行力と輝きを持っている女の子たち。

年齢でいったら、大学一年生の子はそろそろ10くらいちがうんだよね。びっくりしちゃう。
それでも、尊敬するなぁと思うことや、素敵だなぁと思う気持ちに年齢なんて関係なくて。素直な憧れを抱きます。

わたしはいろんなことをはじめるのも、気づくのも、とてもおそい質だから。

 

秋のにおいや月の強さや台風の低気圧で、今の時期は心がざわついて落ち着かない。
これでいいのかと思うことだらけ。もう後戻りできないからやるしかないって腹をくくる日々。

夜は眠れなくて、昼間を冴えない頭で無為に費やしている。
存在したかもしれないパラレルワールドを思って両親や祖母に申し訳なく思ったり。

年頃の女性であることや、出産などにおける女性のリミットを憎んでばかり。


自分の代わりなんていくらでもきくことを重々承知していながらも、唯一無二は言い過ぎでも、自分にしかできないなにかを探してる。

長生きもしたいけど、輝いて散りたい。

 

話が混線してしまいましたが、フリペ『たびぃじょ vol.9』は、わたしの手元にも10部ほどありますので、ご希望の方はあらゆる手段でご連絡くださいませ。

よろしくお願いいたします。

 

最後になりましたが、フリペvol.9編集長の藤井さん、お忙しい中とても丁寧な対応をありがとうございました。

藤井さんをはじめとしたmof.のみなさま、今回もご一緒できてうれしかったです。

これからも「たびぃじょ」の発展を陰ながら応援しております。

 

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2014年

10月

05日

マイナビウーマンのまとめ、思うこといろいろ

8月末からはじまったマイナビウーマンで連載中のイラストコラム9月分がアップされおわりました。

いつまで続くかはわからないけど、連載はこころの支えになるのでとてもありがたいです。

量も多いのでてんやわんやですが、イラストも文章もどうしたら受け手にたのしんでもらえるかなぁと試行錯誤しながら全身全霊で取り組んでいます。

 

わたしはアナログタッチ(挿絵など)とデジタルタッチ(コラムやマンガ、たびぃじょちゃんなど)を使い分けている(仕事とるために必死!笑)のですが、どちらの比重もまったく同じ、かける想いは一緒です。

対象年齢がバラバラなので、ああわたしの目指す場所はどこ…と思い悩んでしまうこともありますが、元々が、死ぬのがこわい、己が消えてしまっても残るものをつくりたい、という異常なまでに生に執着した思いからはじまっているイラストレーター人生なので、やらせてもらえることはジャンル問わずがつがつやっていきたいと思っています。

さいきんは井上涼さんのアニメーションに感化されて、またアニメーションもつくりたいなぁと思っています。

 

立教時代から観劇していたポップンマッッシュルームチキン野郎という劇団の映像作家吉田ハレラマさんに一緒に仕事したいです!と言い続けて今年はじめに舞台(愛してやまないEテレみいつけた!のサボさんの中の方が出演&ラジオも聴いてるカリカ時代からだいすきなマンボウやしろさんが作家さんで入っていた!)のアニメーション(詳細はこちら)に関わらせていただけたこと、今年あたまぐらいにイラストレーターの伊藤ハムスターさんとあそんだとき(詳細はこちら)に「連載がほしい」っていう話をしていたら、半年後にほんとに連載をもてるようになったこと、児童書のお仕事をしたいと言っていたことで挿絵のお仕事をいただけたこと、遠い昔に描いたコミックエッセイが元になってマンガのお仕事をいただけたこと、などなど、すこしずつ一歩一歩だけど現実になっていっていて、願望を口に出すのはいいことなのかもしれないと思うようになりました。(もちろん周りの方たちの大きな支えあってこそです)

中には流れてしまうお仕事もあるので、今までは形になって世に出るまでは口に出すのはこわいと思っていたけど、思い上がりでも、やりたいと思うことは口に出していこうと思いました。

 

まだまだイラストレーターとは名ばかりで、暮らしはほとんどフリーターだけど、こころはイラストレーターであります。

イラストレーションで生活できないならイラストレーターを名乗るなというご意見もちらほらありますが、いずれそうなれるようがんばるからもうちょっと待っててよ、と、そんな気持ちでおります。

立教にいても馴染めてなかったし、むさびにいても馴染めてなかったし、イラストレーターの世界に飛び込んでもやっぱりなんだか馴染めてないわたしですが、馴染めないことにもなんだか馴れてきた(諦めがついてきた)ので、いずれ馴染めることを願いつつ己のペースでちまちまがんばっていきたいと思います。

あと、女のイラストレーターはいいよね、結婚すればなんとかなるでしょ、の類のことを言った方は責任持ってわたしと結婚してくださいね。

 

8月&9月分のイラストコラムをまとめたので、おひまなときにでも読んでやってください。

元ネタを再構成する形でイラストと文章の両方を担当しております。

元になっているアンケートや統計の載っている記事(他の方が書いています)はコラムの最後にリンクが貼ってあるので、詳細が気になる方はそちらに飛んでくださいね。

大言壮語でちびりそうですが、発することで己を追い込むシステムでけっぱります。

あいつまたなんかやってんなぁと生暖かい目で見守ってくだされば幸いです。

 

vol.13 私だけの合コン必勝神コーデ

vol.12 男が「すぐに落とせる」と感じる女性の特徴

vol.11 私が出会った残念なイケメン

vol.10 今ではいい思い出?私が経験したプロポーズの悲劇

vol.09 私だけのとっておきの「モテ技」を公開!

vol.08 気になる人からレスをもらうLINEテク

vol.07 気づいて!気になる人にあえて「好きバレ」する方法 

vol.06 本当はイヤだけど、断れなかった彼からのお願い

vol.05 エッチのときの照明の正解は?

vol.04 男性がドン引きしてしまう女性の勝負下着

vol.03 思わず笑いそうになった、下心ミエミエ男の言動

vol.02 彼の本気度をチェックする方法

vol.01 彼の浮気に気づいたポイント

 

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2014年

9月

25日

【き】気づくとは傷つくことだ

 

【き】気づくとは傷つくことだ

 

『てのりくじら』という詩集があります。

枡野浩一さんという方の詩集です。さいきんはTwitterなんかでもちょっと有名な方なので知ってる人も多いのかな?
この詩集、帯の「気づくとは傷つくことだ」に、ぱしんと惹かれて、わたしの元にやってきました。

なんかテレビでやってたんだよね。王様のブランチ的な番組か、夕方のニュースの書籍紹介コーナーかなにかで。

当時まだ高校一年生だったので、母に「これ本屋さんに売ってたら買ってきて」と頼んだ気がする。

いや自分で買いにいけよって感じだけど。お金なかったのでね。今もないが。

 

そうして親の財布で買ってきてもらった『てのりくじら』は、15のわたしに衝撃!とまではいかないが、「ああ。」となにか胸にすとんと落ちたような感覚をもたらしてくれた。

それでなにかが解決したりするわけじゃないんだけど、なんか、その「ああ。」っていうのは思春期まっさかりの悩める少女には結構大事なわけで。

つっぱったような気恥ずかしさや意固地なばかりの不器用さで、親にも友人にも素直になることができない時に、ちょっとふざけた大人(帯のうしろにプリクラっぽい写真が載っていて、ネルシャツのボタンを一番上までしめて、きのこカットでちょっと含み笑いっぽい表情を浮かべている枡野浩一は相当ふざけた大人に見えた)の言うことに「ああ。」って納得するのは、なかなかのことなのだ。

こういう感覚、一番は音楽とかで感じる人が多いのかなぁと思う。ひとむかし前だとブルーハーツとかね。(世代じゃないけど、思春期に大概の人はブルーハーツ通るよね)

 

仲の良い友人とよく話す内容で、「10代の頃はほんと苦しかった」っていうのがあって。

そりゃ10代はだれしも苦しいものなのだろうけど、ほんと苦しかったねって。

なんであんなことで悩んでいたのだろうと思うよね、大人になって生きるのが楽になったよねって。

で、いつも言うのが、楽にはなったけど、なんだか感覚が鈍くなって冷たくなった気がしてかなしいねって。

生きていくためには強くならないといけないし、そのためには些細なことでいちいち心を痛めていたんじゃやっていけないから、だんだんだんだん鈍く不感になっていかないといけなくて。

それは意識したわけじゃないけど、いつの日か、あれ?昔より楽だなって思った時に、鈍くなった自分に気づくというか。

大人になるとはそういうことだと言ってしまえばそれまでだけど、時々、あの苦しくて一生懸命だった自分を懐かしむ瞬間がある。

傷つきやすくて、でもそれは心がまだ透き通っているからで。

ほんとガラスの十代って言葉は秀逸ですな、と思う。

 

胸の痛みで立ち止まって膝をついて泣いたことがある。道で。

そのすこし前まで友人たちと一緒に談笑しながら帰っていて、分かれ道でひとりになってすこしして、もうだめだってしゃがみこんで、ウッウッて泣いていた。

今考えると意味がわからないし、道で突然しゃがみこんで泣き出すとかあたまがおかしいとしか思えないのだが。

人通りのすくない道で、脇には京成線が走っていて、ゴーって通り過ぎる電車の音を聞きながら、街灯の下アスファルトにうずくまって泣いていた。

そのあとどう気持ちを立て直してもう一度歩きはじめたのか、平気な顔をして家に帰って「ただいま」を言ったのか全然おぼえていないけど、今もあの光景をどこか他人を見るような気持ちで思い浮かべるときがある。

 

そんな頃です、『てのりくじら』に出会ったのは。

冒頭の「気づくとは傷つくことだ」には続きがあって、「気づくとは傷つくことだ 刺青のごとく言葉を胸に刻んで」これでひとつの詩。

正直なところ、うしろの部分にはあんまりぐっとこなかったんだけど(だって刺青とかピンとこないからね、15歳ですし)、すきだったものをいくつか紹介しますね。

 

 

 無理してる自分の無理も自分だと思う自分も無理する自分

 

 「複雑な気持ち」だなんてシンプルで陳腐でいいね 気持ちがいいね

 

 四百字ぶんの枡目をうめるにも足らぬ三百六十五日

 

 肯定を必要とする君といて平気平気が口ぐせになる

 

 本当のことを話せと責められて君の都合で決まる本当

 

 「ま・いっか?」と他者にたずねるふりをして自問自答であきらめていく

 

 平凡な意見の前に言いわけをしておくための前置詞「やっぱ」

 

 なにごとも向き不向きってものがあり不向き不向きな人間もいる

 

 いろいろと苦しいこともあるけれどむなしいこともいろいろとある

 

 

どこか斜に構えたような茶化したような、でも真髄をついているような、いないような。

救いがあるようで、救いがないような、でもそのせいでどこか諦めがつくような。

うまく言えないけど、そういう感覚で「ああ。」と思って読んでいた。

そのほかにも、いいなと思うのとはちょっとちがうんだけど、「おお」ってなるものもあって。

 

 

 「お召し上がり下さい」なんて上がったり下がったりして超いそがしい

 

 振り上げた握りこぶしはグーのまま振り上げておけ 相手はパーだ

 

 殺したいやつがいるのでしばらくは目標のある人生である

 

 

言葉あそびって言うのが正しいのかわからないけど、うまいこと言ってんなって。「おお」ってなるでしょ。なるほどなって。

「殺したいやつがいるので〜」ってのはかなり物騒だけど笑

実際そうは思わなくても、なんかスカッとした、これ読んでると。

 

そして、自分が成長すると共に胸に響く部分がすこし変わってきたりもして、それもおもしろい。

大人になってから「ああ。」って思ったのはこのふたつ。

 

 

 とりかえしのつかないことをしたあとで なおくりかえす 悪夢や夢や

 

 無駄だろう?意味ないだろう?馬鹿だろう?今さらだろう? でもやるんだよ!

 

 

つっぱるとかじゃなくて、ほんとに「後がない、やばい、どうしよう…」ってなった時に響くのはわりとシンプルなものなんだなぁと思う。

言葉は不思議。

言葉ひとつで人を死なせてしまうこともあるし、その逆、救うこともできる。

ストーリーのある小説でもなく、こんな短い詩というもので、いやもしかしたらこんな短い詩だからこそ、言葉のおもしろさ、大切さ、鋭さが伝わるのかもしれない。

 

話は枡野浩一からそれるんだけど、北村薫の『スキップ』という本の中で、言葉について話している場面があって、これは10代のおわりか20代のはじめ頃に出会ったんだけど、『てのりくじら』とはまたちがった「ああ。」があった。

うまく説明のつかなかった言葉の威力や感じていた魅力を、はじめてすこし理解できたような気がしたのがこれを読んだとき。

 

 

…そこで言葉ができてなかったら、いつか死ぬんだろうか、なんて苦しみも恐れも生まれなかったんでしょうね。

そうね。実際問題として、今、痛いとかの辛さはあるけれど、抽象的な苦しみというものはないんでしょうね。《死ぬ》という言葉も《消える》という言葉もないんだもの。わけが分からないうちに、事が終わってしまうんでしょうね。

—そう考えたら、それが楽なような気もするわね。だけど、ものを買うにはお金がいるじゃない。今、現に言葉があるっていうのは、きっと、それだけの苦しみを支払っても、それが必要だっていうことなのよ。ねえ、実際、死ぬっていうのは大変なことだけど、人間て、言葉のために死ねたりするでしょう。それって凄いし、恐いことだと思う。改めて思えば、そんな凄いものを、わたし達、日常取り扱っているのよね。

—で、そんな凄いもののうちでお気に入りが増えたら、—好きな言葉がいくつも持てたら、きっと、お金持ちになったみたいなものだと思うわよ。

 

 

人とうまくやることも、言葉を扱うことも、なんだかわからないから不安で、だからこうして上手に言葉にしてくれる大人がいると、なんとなくほっとしたりする。

自分も大人になってみて、感覚的にはわかっていていることでも、説明するのはむつかしいもん。

プロの人でやっと響くか響かないかというところじゃないかな。発信している人がいても、それにちょうどよく出会えるかはわからないし。

大人たちが「そんなくだらないことで悩むな」って言ってしまう気持ちが今ならわかる。かなしいかな、わかるようになった。

でもその当時は「くだらなくない」から悩んでしまうのだから。

みんな知ってるはずなのにね。忘れてしまうのか、それとも忘れたふりをするのか、「くだらない」と思えたら楽になることを教えてあげたくてそう言ってしまうのか。

言葉を扱うのはとてもむつかしい。

わたしも自分の言葉で感じたことを述べられたらいいのにと思うけど、人の文章を引用することでしかうまく説明ができない。

言葉を扱う仕事をしている人は本当にすごい。

 

さて枡野浩一に戻りますと、枡野さんはこのほかにも何冊か書籍を出していて、『石川くん』という本もよいです。

石川啄木の詩を、枡野さんが現代詩に訳して尚かつ(石川くんに話しかける調の)説明文みたいなものを加えているもので、石川啄木がやべぇやつなんだなってことがよくわかる本です。朝倉世界一さんのイラストもかわいくて和む。

すごいすきで周りに勧めまくってたら、だれかに貸したあと又貸しされて返ってこなくなってまた買いました。

それくらいおもしろいのでおすすめです。

 

 

何度も読みなおしてぼろぼろだけど、いまも大事にしています。

 

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2014年

8月

20日

ジャミちゃんサカイに負ける

先日からLINEスタンプの統計が見られるようになって、よく使われているスタンプはどれなのか、どこの国でどれくらい送受信されているのか、などがわかるようになりました。

 

そしたらなんとびっくりなことが。

 

まず、よく使われているスタンプ第一位ジャミちゃんじゃありませんでした。

なんと、栄えある第一位は、サカイが「うっしっし」て顔で笑ってるスタンプ。

そして第二位は「ひゃほーう」って感じでお花がとんでる歓喜のジャミちゃん。

そして第三位は、サカイが「けっ」てしてるやつ。

サカイの上位食い込みっぷり!笑

まさかの順位にほんと驚きだけど、不思議な発見をしたようなきもち。おもしろい!

 

 

それから、もひとつ驚きなのが、よく使われている国ランキング。

そりゃ日本が一番に決まってらーね。

と思いきや…堂々の第一位は台湾!

しかも日本の3倍ちかく使われてるの。台湾だけケタがひとつちがう。

わたし台湾に知り合いいたっけ?それかだれか最近台湾に行ったっけ?と思ったけど、だれも思い当たらない。

なぜかはわからないけど、純粋にジャミちゃんが台湾の一部の方のツボにハマったらしい、ということにしといていいのかな笑

そして第二位は日本、第三位は韓国でした。

韓国には友だちもいるので、予想通りのうれしい結果。

そのほか、タイ、香港、インドネシア、シンガポール、スペイン、アメリカ、フィリピン、ベルギー、ドイツの順にたくさん使ってくれていました。

ちなみにこちらは送信の統計なので、これだけの国の人たちがジャミちゃんスタンプを使ってくれてるの???って、にわかには信じがたいくらいに驚き。そしてとてもうれしい。

受信のみの国も含めると、アルゼンチン、オーストラリア、カナダ、中国、スペイン、エストニア、フランス、イギリス、インド、イタリア、マカオ、マレーシア、ニュージーランド、ルーマニア、ベトナムと、超ワールドワイド。すごいなLINEスタンプ。

 

こうやって可視化されるとなんかまたちがった感覚になる。

これでなにかってとこまではまだいかないんだけど、ほんとおもしろい結果だと思うし、今後の「考える」や「描く」にすこしスパイス加わりそう、みたいな、すごいふわっとしてるけど、そんな感じ。

 

記念にTOP3の国ありがとうイラストを描きました。

謝謝♡ありがとう♡고마워요

 

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2014年

7月

09日

【か】かっけ

【か】かっけ

 

「かっけ」って知ってますか?漢字で書くと「脚気」。

わたしもよくは知らないんだけど、ひざこぞうのあたりをこつんとやって、足がびょいん!とはねたら大丈夫で、はねないと「かっけ」かもしれないっていうあれです。

実際お医者さんにこつんとされたことは一度もないので、現代社会においては都市伝説的な感じもするなぁと思ってたけど、調べたら今も存在するみたい。

ビタミンB1が不足するとなるらしいよ。おなかいっぱいごはん食べてても、バランスがわるい食生活だとなっちゃうって。気をつけてね。豚肉たべよう。

話はちょっとそれますが、今の小学生はギョウ虫検査がないらしい。うそでしょ、、わたしたちあんな辱めを受けたのに…。

衛生環境とか食生活とかの改善で、今はなくなった(減った)のでしょうかね、「かっけ」もギョウ虫も。

てか10年くらい経ったらギョウ虫検査こそ都市伝説になりそうだなぁ。

なんで急に「かっけ」の話かというと、こないだ友だち(安定ののえみ)とうちで宅飲みをしたときにエレキコミックのコントをみてたんだけど、その中でやっつんが「かっけ!かっけ!あはは!かっけ!」って言いながら自分でひざをこつんこつんやって足をびょいんびょいんさせてて。

それをみたのえみが「ねぇ、かっけってなに?」って聞いてきたから。

「かっけ」を知らない人がいるんだなぁって思ったことと、「なに?」って聞かれて「こうゆうやつ」ってやってみせた動作がさっきやっつんがやってたやつと同じで全く説明になってなかったなって後々思ったことと、ちょうど【か】をそろそろと思っていたからっていう、、それだけです。

でもちょっとお勉強になった。今夜は豚肉をたべよう♪
あと、ギョウ虫検査の廃止と一緒に座高の測定も廃止されるらしいよ。

内臓の発育を確認するために行ってたけどあんまり根拠がないようなので廃止するそう。

身長−座高で足の長さを出すためにやってるんだと思っていたよ。内臓の発育を確認するためだったのね。てか根拠なかったのね。気づくのに結構時間かかったね。

今までギョウ虫検査のシールを作ってきた中小企業(想像)と座高測定の器具を作ってきた中小企業(想像)がこの先どうしていくんだろうって考えたらちょっとせつなくなるね。。

「かっけ」の話じゃなくなっちゃったし、せつなくなっちゃったし、これ以上内容もふくらまなさそうなので今回はおわりです。

 

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2014年

7月

02日

\ジャミちゃんLINEスタンプ発売中/

ジャミちゃんLINEスタンプが発売になりました!

ホームページでのお知らせがおそくなってしまったのですが、6月23日より販売が開始されました。
ジャミちゃんは、笑ったり泣いたり怒ったり、すねたりほくそえんだりやさぐれたり、表情豊かに気持ちを伝えてくれます。
素直になれない人にはうってつけ、素直な人にもうってつけ。

ひとりでも多くの方に使っていただけるとうれしいです^^


ジャミちゃんスタンプ制作秘話(←おおげさ)

さいしょ60個くらいラフを考えていて、そこから取捨選択して40個にしぼるぞーっと思ったのですが、親心からどれも捨てられず。

考えあぐねてお手上げになり、ジャミちゃんのモデルでもある友人「のえみ」にチェックしてもらうことにしました。

突然「相談したいことがある!」と連絡して、その日の夜に居酒屋の笑笑で見てもらいました。

自分はぜんぶかわいいと思ってるし使えると思って描いているけど、ほかの人が見たらどうなんだろうということで。

ラフと3色ボールペンを手渡して「いいやつに赤マルつけて、そこそこいいやつに青マルつけて、いらないやつにバッテンつけてね」って言ったのに、

「うわぁぁかわいい!わーこれもかわいい!これも!これも!バツつけられない!えらべない!かぁわいいーーー!」

と、のっけから役立たずオーラ満載ののえちゃん(でもかわいいかわいい言ってもらえて超うれしくてニヤニヤしながら生グレサワーを傾けていたわたし)笑

結果、ペンの色は関係なくなり、二重マルとか花マルとかで微妙な差別化をしつつ、なんとか40個に絞ったのです。

あと「この顔はもっと『けっ!』て感じにして」とか「これとこれを混ぜて」とかありがたいアドバイスをいただいたので、それもおおいに活かしつつ。

そんなふうにしてジャミちゃんスタンプはできました^^

 

元々は「あったらいいな」の内輪ノリがモチベーションになっているので、友人たちがたくさん使ってくれそうなものをつくろうというのがベースにあります。

だからジャミちゃんの感情や表情は、わたしやわたしのまわりの人に似ています。

「見てごらん よく似ているだろう だれかさんと〜♪」みたいなね。

 

LINEスタンプ界での売れ行きはぼちぼちですが、友人たちとのLINEの画面はジャミちゃんだらけ笑、たくさん使ってもらえてとってもうれしい。

あと毎日売り上げを確認できるので、「ああ今日もどこかでだれかが、こんなにたくさんのスタンプの中からジャミちゃんを選んでくれたのか…」とリアルタイムな感動もあり。

だれかが欲してくれたと直に感じられること、クリエイターとしてはこんなにうれしいことはなくて、ほんとに作ってよかったなぁと思います。

だれもほしがらないんじゃないかと思って二の足を踏んでいたときに、「マリマリマーチのLINEスタンプほしいなぁ」て言ってくれた友人たち、

審査中のときに「たのしみにしてるよ」とたくさん言ってくれたみなさま、どうもありがとうございます。

 

愛情たっぷりに産み落されたジャミちゃんスタンプを今後ともどうぞよろしくお願いいたします^^

 

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2014年

5月

19日

LINEスタンプつくってるよ

 

目下、LINEスタンプを申請中です。(画像はちょい見せ♡)
なんやら審査待ちの人がすごいたくさんいるんですって。

出遅れた感満載です。安定のおそめスタートダッシュ。ぱぴゅん。

 

知る人ぞ知る(とてもレア)ジャミちゃんのスタンプにしました。

ジャミちゃんは、わたしが5,6年前?に描いた紙芝居(元々はアニメーションの授業の課題だった)の主人公です。

だれしもが一度はやったことあるんじゃないの?という、トレーナーの首のところから顔だけだしてキャッキャするあれが元ネタです。

 

そしてジャミちゃんの性格や表情は、天井知らずの卑屈さとそこはかとないピュアさを併せもつ愛すべき我が親友“のえちゃん”がモデルになっています。

好奇心旺盛で、こころやさしくて、おもしろいことがだいすきで、そしてどこか抜けてて憎めないやつ。

ジャミちゃん化するにあたってリアルな卑屈さは封印したけど笑

でもリアルピュアなんてつまらないからね。

メルヘンだろうとファンタジーだろうと、ちょっとばかしややこしい感性の持ち主のほうが魅力的だし、うっかり愛してしまうもの。

 

学校の課題でお披露目したのと、懐かしのmixiコミュニティでアップした以外で日の目を見ていないジャミちゃんですが。

いずれきちんと練り直し、描き直し、立派な絵本にしてあげましょうね、と思い続けている大切な作品なのです。

 

というわけで、ジャミちゃんのおはなしを本邦初公開。

なぜか切り絵だし、のりで紙がでこぼこしちゃってるし、クオリティは腹痛おこすくらい低いですが・・・

すこしでもジャミちゃんを知ってもらえたら、そしてすきになってもらえたら、とてもうれしいです。

 

【1】

わたしはのえちゃん。

すきなお花はチューリップ。

たからものはセミのぬけがらをあつめたびん。

おだんごあたまがチャームポイントの、かわいいおんなのこ。

でもね、わたしにはひみつがあるの。

そのひみつをしりたい?

【2】

(チュンチュン、チュンチュン)

「あーきもちのいい朝だなぁ。あさごはんをたべて、今日もいちにちがんばろう。」

と、のえちゃんがモリモリ朝ごはんをたべていると、

今日もママのおこごとがはじまりました。

「のえちゃん!左手をちゃんと出しなさい!おはしをしっかり持ちなさい!ぽろぽろこぼさないで食べなさい!」

「あーーーもうイヤ!こうなったら・・・」

 

【3】

「ジャミちゃんにへんしんよ!」

ジャミちゃんになったのえちゃんはパワー100倍。

ママのどなり声も聞こえないふり。

ぴゅーーーんっとおうちをとびだしました。

【4】

ジャミちゃんはこわいものしらずです。

ねこさんにちょっかいを出しておこらせてみたり、

わざと水たまりにとびこんでみたり、

発見したセミのぬけがらをお口にいれてみたり。

なにをしたってへっちゃらです。

「わーい、わーい!」

やりたい放題たのしんでいると・・・

【5】

「おや!?」

どこからか、たすけを求める声がします。

「あ!あそこだ!たすけにいかなくちゃ!」

 

【6】

ジャミちゃんがかけつけてみると、

いじめっこのサカイと子分のコサカイが、

パンチラちゃんのぬいぐるみをとりあげようとしているではありませんか。

「せいぎのみかた!ジャミちゃんさんじょう!いじめっこは、このジャミちゃんがゆるさないわ!」

ぎゅっとこぶしをにぎりしめたジャミちゃんは・・・

 

 

【7】

くねくねくね〜〜〜ぷっぷっぷ〜〜〜♪

へんな顔でへんなおどりをはじめました。

そう、正義の味方ジャミちゃんは、わるいやつらに対しても、暴力なんてふるわないのです。

ジャミちゃんのへんちくりんなおどりに、

サカイもコサカイも、さっきまで泣いていたパンチラちゃんも、きゃっきゃっと笑い出しました。

「これにていっけんらくちゃく!いじめっこしないで、みんなでなかよくあそぼうよ!」

【8】

いっぱいいっぱいあそんで、すっかり仲よしになった4人は、

いつのまにかみーんなジャミちゃんになっていました。

「あーとってもすてきないちにちだったわ♡」

おててをつないで帰りましょ。

おしまい。

 

2コマ目の「ママのおこごと」は、わたしが子どものころから(成人してからも)よく母に言われていたおこごとです。

あ、母は健在です。

 

LINEスタンプには、パンチラちゃんやサカイやコサカイも登場します。

みんな地味にマイナーチェンジして、よりいっそうかわいくなりました。

無事審査に通った暁には、ぜひ使っていただけたらうれしいです^^

 

おちゃめにかわいく(時には豪速球で)想いを伝えよう♡

 

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2014年

3月

21日

【お】おさるのバレエ

【お】おさるのバレエ

 

なるべく隠し通して生きてゆこうと思っていたのですが、ネタにするために白状します。

3歳から中学3年生まで、クラシックバレエをやっていました。

バレエなんていうと、きらびやかで華やかでウフフアハハな感じがするかもしれませんが・・・

わたしが通っていたのは、ちゃんとしたバレエ団とかではなく、とてつもなくオンボロな町のバレエ教室でした。

そろそろ崩れるのでは…というボロボロのビル、一階はなにもなくて、二階にはテニス教室が入っていて、三階がわたしの通うバレエ教室でした。

ほかのバレエ教室を見たことがないから比べようはないんだけど、でもきっとボロレベルは業界トップクラスだったと思う。

更衣室の入り口はのれんしかなかったし、更衣室の床にはブルーシートみたいのが貼ってあったし。(なぜ・・・)

ソファーはところどころやぶけていたし、発表会の前になると、プログラムに載せる顔写真を撮るために、そのソファーの背に腰かけさせられた。

カメラマンはもちろん先生。ソファーのうしろの壁が唯一じゃまなものもなくて白いからって理由でそこで撮るのだ。

子どもたちは毎年撮り直しさせられるのに、大人たち(特に教師陣)は、太古の昔に撮ったであろうベストキメ顔写真を毎年使い回していた。

稽古場の木の床は、ほぼ全面ささくれていて、よくつっかかった。雨が降ると湿った感じになるところもあった。

もちろん空調設備なんてものはないので、春夏秋冬をビシバシ感じさせられるのだった。

さて、なぜバレエを習っていたのか。

母いわく「あなたがやりたいと言ったからやらせたのだ」と。

いやいや、3歳児がバレエやりたいって己発信で言うかね。

きっとバレエのなにかを見たあとに「まりちゃんもバレエやりたい?」って聞かれて「うん!」って答えたレベルの話だと思う。

3歳のときの記憶なんてないので、真実はなぞのまま。

でもバレエ教室に3歳児は特別めずらしいことではない。

英才教育なんだか、情操教育なんだかはわからないけど、3歳スタートの子は多い。

未就学児たちが所属するのは『幼児科』といって、みんな「幼児科さん」と呼んでいた。

ナスビみたいにもちもちぽてぽてした小さな生き物がバレエ(のまねごと)をしてはしゃいでいる。

3歳くらいからはじめることの一番の利点って、体がやわらかいことじゃないかと思う。

とにかく幼児はぐにゃぐにゃに体がやらかい。だってまだ生まれて数年だもんね。

幼児科さんからはじめて大人になるまで続けていれば、体のかたさで苦労することはない(んじゃないか)と思う。

小学校にいくようになると『児童科』になり、ここからぐっとバレエ教室っぽさが出てくる。

幼児科さんのときはニコニコやさしかった先生も、鬼の形相で尻を叩いてきたりするようになる。

ちなみにバレエ教室のあいさつは「おはようございます」と「おつかれさまです」or「お先に失礼します」。

幼児科のころから「ごあいさつはちゃんとしなさい!」と言われるので、礼儀的なものが自然に身に付くのはいいのかなと思う。

入り口で靴をぬいで階段をあがっていくと、受付があってピンクの公衆電話がある。

階段をたったったっと駆け上がりながら「おはようございまーす」と言う。

受付の横には名札が下がっていて、来たら裏返して、帰るときまた裏返す。

・・・すっかりわすれてたのに、その場にいるかのように思い出せてびっくり。

 

中学生にあがると『本科』になる。

『本科』の次はないので、これ以降は灰になるまで『本科』である。

レオタードはいろいろ種類があって、児童科さんまではみんな似たり寄ったりな色違いのレオタードを着ているのだが、本科からはアレンジ型が増えてくる。

びりびりTシャツとかレッグウォーマーとか。憧れていたなぁ。

けどそれは暗黙の了解で、上手な人しかやっちゃいけないスタイルって感じだった。

3歳からいると、本科のおねぇさま方はすごくきれいでかっこよくて素敵だったんだけど、いざ本科になった自分は特にきれいでも素敵でもなかった。

タイトルの「おさるのバレエ」のおはなしをしましょう。

わたしは子どものころから周りの子たちよりも身長が高かった。

それから遺伝的体型で、腕が長い。首も長い。これで足も長けりゃ文句はないのだけれど、足の長さは平均的だ。

腕の長さには今も困らされていて、体に合わせたサイズの服を買うと、大概袖がつんつるてんになる。いまいましい腕!

でかいわ、腕ながいわ、運動音痴でドタドタしているわ、おまけに猫背なので、しょっちゅう怒られていた。

 

そういうわけです。

3歳から中学3年まで約12年間も続けていたけれど、バレエを踊るのがすきだったかって聞かれたら、あんましすきじゃなかったと思う。

(上のイラスト「踊る」っていう字まちがえてるし…)

元来運動音痴と見た目コンプレックスをこじらせて卑屈な質なのだ。

稽古場全体を映し出す大きな鏡を前にして、そこに映る自分は、想像上の自分とは全くの別物で。

きれいじゃなくて、スタイルもよくなくて、顔を赤くしてへんてこな踊りをしている。

レオタードのひらひらやトゥシューズの輝きには胸をどきどきさせていたけれど、それらを身につけている自分は全然素敵じゃないからがっかりだった。

 

卑屈サンバを踊りつづけていても見苦しいだけなので、バレエあるあるのおはなしをいくつか。

 

【リフト】

バレエの花形はなんといってもリフトでしょう。

男性ダンサーにひょいっと持ち上げられて、微笑み、ポーズをとる姿は、なんとも可憐で美しく、力強い。

ちいさなオンボロバレエ教室でも、年に一回発表会があった。

大体3〜5つくらい男性ダンサーと踊る演目があったような気がする(うろおぼえ)。

男性と踊る人は選ばれしものたちなので、うちのようなちいさな教室だと毎年同じメンツがその役目を担っていた。(それが3〜5人だったと思う。)

見た目の華やかさに反して、めっちゃしんどいと思う。

持ち上げる男性もそりゃ大変だろうけど、持ち上げられてポーズ決める女性も相当大変。

指先や首筋がプルプルしているのを間近で見ていて、それすらも美しいなぁと思っていた。

ちいさいころは「いつかあれができるのかー」と皆憧れるけど、ある時気づいてしまう、あの場に立つことができるのはごく一握りの人間なのだと。

希望を捨てず努力していればいつかは立てるかもしれないけど。

(あはは!むりむり!わたしが?男性と?おどれないおどれない!むりむり!あはは!)

早々に諦めの境地に達した者たちは、その他大勢の引き立て役に徹するのである。

 

【チュチュ】

ちょっとチクチクした素材でできていて、長いのと短いのがある。

短くて、腰回り360度にバッとしてるやつが、やっぱりかわいい。

衣装がどれになるかは演目によるのでドキドキ。長いやつだと、ちょっとがっかり。

わたしは実は、このチュチュを着てトゥシューズを履いて舞台に立ったことがない。

チュチュを着ているけど、トゥシューズじゃなかったり、トゥシューズを履いているけど、別の衣装だったり。

トゥシューズを履けるのは小学校高学年くらいからなので、タイミングが合わないとこういうこともあるわけで・・・ちょっとせつない。

 

チュチュは、さかさまに持って歩きます。

周りへの配慮だと思うんだけど、このチュチュを逆さにして歩くお姉さま方がこれまた素敵で。

舞台裏でしか見られない姿、すきだったなぁ。

発表会間近になると、衣装をつけて稽古をするんだけど。

せまい稽古場にひしめく色とりどりのチュチュをさかさにしたきれいな人たち。

自分がきれいじゃなくても、それを見てるだけでわくわくして、しあわせだった。

 

【トゥシューズ】

トゥシューズにはすべりどめがあります。

松ヤニなのかな?なんか黄色い宝石みたいなの。

浅い木枠のなかに、布袋から黄色い宝石をばらばらと出して、トゥシューズのつま先でジャッジャッとつぶす。

ふみつぶされた宝石はただの白い粉になってしまう。

稽古場の隅にあるこの木枠の中にはいつも白い粉しかなくて、たまーにタイミングがいいと黄色い宝石を出してもらえた。

冬の朝の霜柱を踏みつぶすのよりすこし抵抗がある感じ、ジャリッとすぐつぶれて粉々になってしまう。

 

中学3年になって、高校受験を理由にバレエはやめた。

ほんとうは、辞めるって言えなくて、「休む」って言ってそのままになっている。

 

実家からすごく近かったから、やめたあとも道や駅やコンビニで、先生や生徒さんたちに会ってしまうこともあった。

逃げ切れないときはもじもじと挨拶をしたり、知らん顔をして足早に通り過ぎたり。

わたしってほんとだめだなぁと思う。

大学生のころ、バイト先にバレエ教室の生徒さん(男性ダンサーと踊る選ばれし者のひとり)がきて、「まりちゃん!?」ってなったとき、

「あらーもうお姉さんになっちゃって!メルモちゃんみたいでとってもかわいかったのにねぇ!」って言われて、

ああそうか、この人、3歳のときからわたしを知っているんだよな…と気づいた。

3歳なんて生まれたても同然くらいの頃からわたしを見ている人たちの前で、かっこつけたりつっぱったりひねくれたりしても、ぜーんぶお見通しだし、かわいいもんだったんだろうなと思ったら、とてつもなく恥ずかしかった。

そして逆に自分が、3歳から知っているような子に、その子が成長していく過程で、避けられたり距離をおかれたりしたら、とてもさみしいだろうと思った。

もっと素直に人に懐いたりできる人間だったらよかったのに、かわいくないことをして、自分をどんどんかわいくなくしていってるんだなと。

わかっているのに、なおせなくて、そのまま大人になってしまった。

 

先にも書いたとおり、たぶんバレエを踊るのはすきじゃなかった。

ただ、バレエのそばにいることはだいすきだった。

混み合った更衣室も、やさしいお姉さんたちも、親ですら呼び捨てにしないわたしを「まり!」と呼ぶ先生たちも、かわいい衣装も、バレエ音楽も、楽屋のドーランの匂いも、発表会の日の差し入れのカツサンドも、チュチュをさかさにしてあるく人たちも、トゥシューズの足音も・・・バレエのまわりには、わたしをドキドキさせるものばかりがあった。

なによりすきだったのは、本番中の演目を舞台袖からみること。

客席のだれもわたしの存在に気づいていない、でもわたしは今いちばんいい席でこの舞台をみているんだ。

いまでも舞台がすきで、なるたけ近くで演者さんを見ていたいと思うのは、バレエをやっていたころの記憶からだと思う。

 

最後の発表会はくるみ割り人形だった。

わたしは「行進曲」という演目にピエロみたいなかっこうをして出た。

くるみ割り人形は一番すきな舞台。

なかでも二幕の「情景(クララと王子)」という曲。

本場のくるみ割り人形とは演出がちがうかもしれないけど、うちの教室では出演者が全員でる演目だった。

この曲の途中まで幕は閉じられていて、みんな舞台の上でポーズをして静止している。

曲の一度目の盛り上がりではまだ幕はあかない。二度目の盛り上がりで、幕があく。徐々に客席がみえる。ライトが当たる。まぶしい。

先生が言うには、ここはみんなお人形だから、さいしょは止まってて、それから魔法がとけたみたいに動きだすのだと。

わたしはなぜか、この曲のとき、踊り子のひとりとして舞台上にいながら、幕の外側にいる観客が見るだろう情景を思い浮かべて恍惚としていた。

あの気持ちはなんだったんだろう。いまもわからないけど。ドキドキの最高潮。

今もこの曲を聴くと、あのときの感情が舞い戻ってきて身震いする。

 

ちいさなオンボロバレエ教室の発表会、今の自分が見たらそんなに素敵なものではなかったろうなと思うけど、

わたしの記憶のなかでは、とても美しくてきらびやかなものとなっている。

 

あと、いまだに発表会前の夢をみるのよね。

振り付けをおぼえていないのに発表会当日になってしまってすごく焦ってる夢。笑

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2014年

2月

24日

【え】絵を描くふたり

リアル三日坊主かのようにストップしたままの「あいうえお作文的なにか」です。

わすれていたわけではないのです。地味にいそがしかったのです。
ゆるりとやっていこうとか言ってたくせに、序盤とばしすぎました。
今度こそ、ぼちぼちとやっていこうとおもいます。

生暖かい目で見守ってくださるとうれしいです。

【え】絵を描くふたり

 

先々週、イラストレーターの伊藤ハムスターさんとあそびました^^

ふたりともイラストレーターズ通信という団体に所属しているイラストレーターです。
その(通称)イラ通の代表である森流一郎さんが、表参道にあるHBギャラリーで個展をされていたので、ふたりで行ってきたのです。


ハムさんとお会いするのは3回目(4回目?)です。同い年であります。

もともとわたしがイラ通つながりでハムさんのイラストとブログに惚れ込んで、ブログにコメントしたのがはじまりでした。
ホームページを見ていただければ、そしてブログを読んでいただければ、きっと伝わると思うのですが、なんとも愉快なのです。
なにこの人ちょーおもしろい!ツボ合う!そんでもって活動っぷりもアグレッシブで尊敬に値する!と。


その後、ハムさん主宰でひらかれた「同い年ぐらいのイラストレーターたち飲み会」に誘っていただき、実際にお会いすることができました。

その飲み会に参加していた方は、わたしからすると「すごい」人たちばかりで。
絵がすきだわぁと思っていた方や、お仕事たくさんしててすごいなぁと思っていた方や、コンペで入賞してるの見たことあるわぁという方たちで、わたし一番ぺーぺーやないか…という感じだったのですが、みなさんとても謙虚で素敵な方ばかりで、同等に接してくださったのがとてもうれしかったことをおぼえています。
第一回はイラストレーター女子会で、まったりと飲み、おしゃべりし、ポートフォリオを見せあってキャッキャしたり、感心しあったりして。

その後ひらかれた第二回では男性陣も加わり、前回同様たのしくお話しながらの飲み会だったのですが、
ハムさん曰く、この第二回目、「合コンみたいな並びになってしまったことがトラウマで・・・」とのこと笑
合コン的ノリはいっさいなかったのですが、このときのわたしは水谷慶大さんとバイト先あるある(当時ふたりともレンタルショップ勤務)に花咲かせてしまい、ほとんどイラストレータートークをしなかったなぁ…というもので、ハムさんほどのトラウマはなきにしても、ある意味で記憶に残る飲み会でありました笑

 

 

あそんだ日の伊藤ハムスターさん。

お昼ごはんを食べに入ったお店のソファーが黄色と青色で、「あ、そっち(黄色)に座ると同化してしまうので、こっち(青色)に座ります」って言って座ったのに、コートを脱いだら中に着ているのが青色の服でした。
わたしの手袋を見て「ああそれ、まりさんのイメージって感じです、ミトンの手袋。・・・あ、ごめんなさい、わたしtwitterとかfacebookとかでまりさんのこと勝手に知った気になっちゃってるんですよね」と、はにかむのです。

わたしもですよう(照)

 

終始ジワジワくる笑いと癒しをくれる彼女は、森さんの個展にいくまでの予定も立てていてくれて。

ふたりとも約20分遅刻の待ち合わせ→吉祥寺のおしゃれカフェでランチ→手作り雑貨のお店で物色→渋谷へ出て乗り換えするのに一瞬道に迷いおろおろ→表参道でハムさんの後輩さんの個展を見る→森さんの個展へ・・・と、なにこれたのしい!ありがとうハムさん!な予定の組みっぷり。

わたしは基本インドアな上にいきあたりばったりで行動するので、旅行もあそびも一緒にいる人まかせが心地よいのです。
とても楽ちんな上に充実していて、ありがたやありがたや。

「森さんにお会いするのちょっとこわいですね(威厳という意味で)」と話しながらHBギャラリーに赴いたものの、森さんは在廊されておらずお会いできませんでした。
このときの芳名帳、わたしはただ名前を書いただけだったけど、ハムさんは森さんの画風を取り入れた自画像(ハムスター)をちょこっと描いていて、「おぬしやりよるな」と感心したことは言うまでもない。

じっくりと展示をたのしみ、すこし背筋ののびる思いでギャラリーをあとにしました。

 

ちょっとお散歩がてら原宿まで出て帰りましょうか、と表参道をのんのん歩きながらおしゃべり。
年頃の女子同士ですので、恋の話なども少々おりまぜつつ。

 

M「わたし、別れるときはきっぱりなんですよ。立つ鳥あとを濁さず、という感じで。それゆえのさみしさもある云々・・・」

H「ええっ、えらいですね!わたし、フンしまくりですよ。」

M「フ、フン!?www」

 

 

そしてフントーク以上に忘れられないのが、電車のホームでのひとこま。
降りてきた人たちの波にのまれて、電車のドアのほうへ近づけなかったとき。

 

 

・・・ユーミン!笑
(ピンとこない方は松任谷由実の『卒業写真』を聴いてくださいね)

これ、井の頭線のるときも西武線のるときも言っていた。めげない精神、ほんとじわじわくる。

そんなこんなでたのしくて、たのしいことがうれしくて、新宿で西武線(同じ沿線にすんでいる)に乗り換える前、別れがたくて「お茶でもします?」とわたしから誘い、混雑したサンマルクで茶をしばく若いイラストレーターふたり。
「連載がほしい」「印税を狙おう」等のリアルな話もおりまぜつつ、同年代の同じ生業を志すもの同士として、「うむうむ」「なるほど」「そうですよねぇ」「わかるー」「ああ・・・」「がんばりましょう!」と盛り上がったのです。

あの日わたしがすごくたのしかったこと、うれしかったこと、伝わっているといいなぁ。

ていうか伝われぇ!と思ってこれ書いている。

あまり社交的でないので(営業スマイル的エセ社交性ならあるけどすぐボロがでる)、だれかと仲良くしたいなぁと思ったときに、どうやって仲良くなればいいのかがわからなくて、自分から行動できずに悶々とすることが多いのですが、、仲良くなりたいと思っていたハムさんが誘ってくれて、たのしくて、そんでもってちょっとわたしのことすきっぽくてとてもうれしい(うぬぼれ)
お互いにいつか大成して、40過ぎて脂ののったころにどっかの雑誌で対談とかして、あのころは〜わいきゃいってしたい笑

(ちなみにハムさんは既にわたしよりはるか前をいっています。おいつかねば!)


同年代のイラストレーターって案外すくないからと、ハムさんがひらいてくれたあの飲み会、あの場所で出会った人たちがみんなずっとイラストレーターとして生きてゆけて、自分がいまよりもすこしだけ自信をもてるようになったとき、また肩をならべて飲めたらいいなぁと思います。
だから合コンっぽい並びがトラウマなんて言わないでねハムさん笑

 

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2014年

1月

13日

【う】丑

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『う』丑

 

丑年生まれです。

わたしが生まれたとき、同じ丑年生まれの祖父はたいそう喜んで、べろべろにかわいがってくれたそうな。

家の天井にミラーボールをつけ、わたしを抱いて、当時流行していたキョンキョンの『なんてったってアイドル』を熱唱していたらしい。

両家にとっての初孫だったので、ハゲでお世辞にもかわいい赤ちゃんとは言いがたかったにも関わらず、皆がわたしをかわいがりたおした。

人生に三度来るといわれているモテ期を、わたしは幼少期にいっぺんに消費したんじゃないかと思う。

そして丑年にちなんで、あらゆる牛グッズが島田家に集結することとなる。

食器やら衣類やら小物やら。牛グッズを取り扱っているお店があると聞けば買いに走った。らしい。

なかでも常軌を逸していたのは、モーモちゃんというでっかい牛のぬいぐるみ。

高さとしては小学一年生くらいのサイズだったのではないかと思う。

おおきけりゃおおきいほどうれしいのが子ども。とても気に入ってかわいがっていた。

しかし小学校にあがってすこししたころ、実家のリフォームにあたり一時的にマンションに引っ越した際、どさくさにまぎれてモーモちゃんは捨てられた。

半泣きでなぜ捨てたと問うわたしに母は言った。

「ダニとかホコリとかすごそうだから(あとじゃまだから)」

 

・・・

 

干支の昔話を知っていますか?

むかしむかし、まだ干支がなかったころ、ある年の暮れに神さまが動物たちにお触れをだしました。

「1月1日の朝、新年の挨拶にいらっしゃい。はやく到着した順に1番目から12番目までの動物を一年間その年の大将にしてあげましょう」

牛さんは自分の足がのろいので、はやめに支度をして夜まだ暗いうちからえっちらおっちら出発しました。

朝になり、やっと神さまのおうちの前に到着した牛さん、門の前にはまだだれもいなく、「おらが一番だ!」と喜んだのも束の間、牛の頭の上からぴょんっとねずみが飛び降りてきて一番に並んでしまいました。

ねずみは牛が夜のうちから出発するのを見ていて、「こりゃいいや」と牛の頭に乗っかってきたのでした。

こうして牛さんは二番目の干支になったのです。

 

ねずみ!!

 

牛も頭の上にねずみ乗ってるのに気づかないのはどうなのかしらね。

そして目の前で一番をかっさらわれて、文句のひとつも言わず、おとなしく二番におさまる牛。

この干支の話に出てくる牛は、どことなくどんくさい。

でもいいやつだな、牛。

昔話ってどこか教訓めいたことも感じさせるもので。

わたしはこの話を聞いて、ねずみずるい!ひどい!牛かわいそう!と思いながらも、自分の足がのろいことをちゃんと自覚していて早めに出発する健気な姿勢や、ねずみを(知らず知らず)運んであげた上に一番をとられても怒ったりしない牛を、えらいもんだなぁと思った。

自分も丑年なんだから、この牛のようにおっとりと広い心をもって生きていかねばと思ったのでした。

夜のうちに出発ってフライングなんじゃないの??って議論は、今はよそにおいときましょうね。

他の干支についてのお話はわすれてしまったので、気になる人は各自しらべてみてくださいね。

あ、ねずみが猫にわざと一日おくれの日付を教えたせいで、猫は干支に入れなかったって話もあったね。

ねずみ、やっぱ見過ごせないやつ。

 

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2014年

1月

11日

【い】いきでいなせないい女

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 『い』いきでいなせないい女

 

「いきでいなせな」って言葉がすきです。

なんとなく耳触りがよくて、言いたい。

どこで聞いておぼえたのか、サザンオールスターズの曲の歌詞だったような、と思って調べたんだけど、「いなせなロコモーション」しかそれらしきものが見当たらなかった。

ロコモーションってなに??いなせなロコモーションって?ねぇねぇ桑田さん。

出どころははっきりしないんだけど、おおかたサザンでまちがいないはず。

桑田さんが使う江戸っぽい口調とか、いけずな男への恨み節っぽい歌(そんなのあったかわかんないけど、イメージね)とか、それらが内容に反してどこかあっけらかんとしているところがすき。

というかサザンがすき。

 

“真夏の果実”

四六時中もすきと言って

夢のなかへ連れていって

 

歌詞もすきだけど、イントロがすき。イントロ聴くだけできゅっとなる。

かつてのだれかといるときに、とてもすきでよく聴いていた。

でもこれ別れの曲なのね。暗示していたのかな。

 

“逢いたくなった時に君はここにいない”

寄り添えば何も言わずわかりあえてたはずの

君だけが抱き合うたび駄目になるのを見抜いてた

 

そんなこと言わないで、駄目にならないようにしてくれたらいいのに。できたらいいのに。

 

“MOON LIGHT LOVER”

行き過ぎたくらい愛されてすごい

いつ果てない Love Touch 命のかぎりに

 

惚れ過ぎたくらい愛しくてすごい

夢儚い Love Touch この世の果てまで

 

こういう気持ちを経験して、こういう気持ちがあったのにお別れがあるってことも知って、より深く思う。すごい。

 

“LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜”

君無しでは夜毎ねむらずに闇を見つめていたい

マリンルージュで愛されて 大黒埠頭で虹をみて

シーガーディアンで酔わされて まだ離れたくない

早く去かなくちゃ 夜明けと共にこの首筋に夢の跡

 

ボウリング場でカッコつけて ブルーライトバーで泣き濡れて

ハーバービューの部屋で抱きしめ また口づけた

逢いに行かなくちゃ 儚い夢と愛の谷間で溺れたい


これ不倫の曲だって知らずにすきだったんだけど。(不倫したことはない)

このね「まだ離れたくない」とか「逢いにいかなくちゃ」そういうのがすきなの。

そういう正直な気持ちでいたいのに、現実は意地を張ってかっこつけてばかりだ。

プライドかなぐり捨てるくらい、ばかだと思われるくらい、つっぱしって、それこそばかをみたい。

 

脱線しまくって一体なんの話だ。

これじゃ『さ』サザンのはなし、になっちゃうよう。

ていうか、江戸っぽい口調もいけずな男に対する恨み節っぽい歌詞もでてこなかったね・・・まぁいいか。

なんでこんな詩が書けるのかな。どんな生き方をしたら、こんなすてきな言葉の連なりを思いつくのかな。

 

あらためて「いきでいなせな」の意味を調べてみる。

 

いき【粋】

1, 気質・態度・身なりなどがさっぱりとあかぬけしていて、しかも色気があること。⇔野暮

2, 人情の機微、特に男女関係についてよく理解していること。

3, 花柳界の事情に通じていること。

 

いなせ【鯔背】

粋で勇み肌(威勢がよく、男気のある気風)で、さっぱりしているさま。また、その容姿や、そういう気風の若者。 

(江戸日本橋魚河岸の若者の間で流行した髪型に由来する。その髪型は魚のイナの背に似ていることから「鯔背銀杏」と呼ばれた。鯔背銀杏を結った魚河岸の若者のように、粋で勇み肌の者を「いなせ」と呼ぶようになった。)

 

ふーん。

 

なりたいな、いきでいなせないい女。

 

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2014年

1月

10日

【あ】akimbo

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アシカの赤ちゃん 雨のなか 赤い雨傘 あまえんぼ

いちご畑の 一年生 いしころいっこ ころころ

宇宙の海で 運動会

円盤 遠足 絵の具で 絵日記

おりがみのオルガンで あいうえおの音楽

あーいーうーえーおー♪

 

同世代の人ならこの歌おぼえてるかな?

幼稚園〜小学校くらいのころに教育テレビでやってた番組のオープニング曲。

こどもの記憶力ってすごいもんで。

今じゃいろんなことをぽろぽろ忘れてくのに、こどものとき聴いていつのまにかおぼえた曲がいまもそらで歌える。

 

唐突に思い立って、イラストあいうえお作文をやることにしました。

飽きずに50音できるかな。気長にゆるりとやっていこうと思います。

 

というわけで『あ』

akimbo(アキンボ)

 

高校生のころ、そう、箸がころげてもおかしかったころ、休み時間に友人たちと電子辞書であそんでた。

電子辞書といっても、友人あっこが進研ゼミのおまけでもらったやつで、青くてちいさくて、見た目はなんともチープな一品。

それの英和辞書で、ひたすら自分や友だちの名前を入れてみるという遊び。

名前を入力して検索、最初にでてくる単語はなにか?っていう、それだけの遊び。

くだらないけど、なぜかそんなことすらたのしかった。だって世界の中心は女子高生。

 

まり「mari」

Maria【名】マリア《女の名前》

まぁ無難なとこね

 

あみちゃん「ami」

amiability【名】気だての優しさ、温和、愛想のよさ

おっこれいいねー

 

めぐ「meg」

Meg【名】メグ《愛称》(→Margaret)

わ、またきた名前シリーズ

 

たけこ「takeko」

taken【動】takeの過去分詞形

過去分詞形かいっっ

 

という感じで、どうゆるく見積もっても甚だ盛り上がりには欠ける遊戯の終盤、チープな電子辞書の持ち主あっちゃん(本名は晶子)の番がきた。

 

あきこ「akiko」

akimbo【副・形】両手を腰に当て、ひじを張って《女性の「なによ」といった気持ちを表すときに多い》

!!

 

「akimbo」なんて単語、こんなくだらないことをしていなければ一生知らずにおわったかもしれない。

はじめて目にした単語とその意味と、あっこのキャラとがあいまって、もうおかしくておかしくて、ちびるくらい笑い転げてたこと思い出す。

いくらやってもするする忘れていった英単語、「akimbo」はいつまでも忘れられない地位を確立した。

「akimbo」とかおぼえたところで使い道ないし、ターゲット(受験生必須の単語帳)にすら載ってなかったんじゃないかということはさておき。

 

あの見るからにチープな電子辞書を大切に使っていたあっこは、とても頭がよくて、とても頭がおかしかった。

彼女がそこにいるだけで、腹がよじれた。
体調がわるかったり、かなしいことがあったりすると、食い気味に心配してくれた。

こんなふうに懐かしむと、あっこがもうこの世にはいないようだけど笑

いまは中学校の先生としてがんばっている彼女をわたしは尊敬している。

あっこの生徒になりたいなーぜったいたのしいもんなー!

 

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2014年

1月

08日

welcome 2014

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あけましておめでとうございます。

って言うのはちょっともうおそいのかな。

昨年末はありがたいことに新しい媒体におけるお仕事をいただきまして、クリスマスも年末年始もひきこもりで制作していたので、年が変わった感覚がいまいちありません笑

明けたのかぁ。そうかぁ。お正月どこいった笑
今年も感謝のきもちをわすれずに、なにごとにも真摯に向き合っていきたいなと思います。

新しいことに臆せず、大切な人たちを大切に、たくさん笑ってたい。

あとコンペ入賞する!お仕事もたくさんする!

みなさまの元にすこしでも多くの作品を、それからちょっとしたしあわせを、届けられるよう精進いたします。がんばるぞー!

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

素敵な一年を^^

 

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