【お】おさるのバレエ

【お】おさるのバレエ

 

なるべく隠し通して生きてゆこうと思っていたのですが、ネタにするために白状します。

3歳から中学3年生まで、クラシックバレエをやっていました。

バレエなんていうと、きらびやかで華やかでウフフアハハな感じがするかもしれませんが・・・

わたしが通っていたのは、ちゃんとしたバレエ団とかではなく、とてつもなくオンボロな町のバレエ教室でした。

そろそろ崩れるのでは…というボロボロのビル、一階はなにもなくて、二階にはテニス教室が入っていて、三階がわたしの通うバレエ教室でした。

ほかのバレエ教室を見たことがないから比べようはないんだけど、でもきっとボロレベルは業界トップクラスだったと思う。

更衣室の入り口はのれんしかなかったし、更衣室の床にはブルーシートみたいのが貼ってあったし。(なぜ・・・)

ソファーはところどころやぶけていたし、発表会の前になると、プログラムに載せる顔写真を撮るために、そのソファーの背に腰かけさせられた。

カメラマンはもちろん先生。ソファーのうしろの壁が唯一じゃまなものもなくて白いからって理由でそこで撮るのだ。

子どもたちは毎年撮り直しさせられるのに、大人たち(特に教師陣)は、太古の昔に撮ったであろうベストキメ顔写真を毎年使い回していた。

稽古場の木の床は、ほぼ全面ささくれていて、よくつっかかった。雨が降ると湿った感じになるところもあった。

もちろん空調設備なんてものはないので、春夏秋冬をビシバシ感じさせられるのだった。

さて、なぜバレエを習っていたのか。

母いわく「あなたがやりたいと言ったからやらせたのだ」と。

いやいや、3歳児がバレエやりたいって己発信で言うかね。

きっとバレエのなにかを見たあとに「まりちゃんもバレエやりたい?」って聞かれて「うん!」って答えたレベルの話だと思う。

3歳のときの記憶なんてないので、真実はなぞのまま。

でもバレエ教室に3歳児は特別めずらしいことではない。

英才教育なんだか、情操教育なんだかはわからないけど、3歳スタートの子は多い。

未就学児たちが所属するのは『幼児科』といって、みんな「幼児科さん」と呼んでいた。

ナスビみたいにもちもちぽてぽてした小さな生き物がバレエ(のまねごと)をしてはしゃいでいる。

3歳くらいからはじめることの一番の利点って、体がやわらかいことじゃないかと思う。

とにかく幼児はぐにゃぐにゃに体がやらかい。だってまだ生まれて数年だもんね。

幼児科さんからはじめて大人になるまで続けていれば、体のかたさで苦労することはない(んじゃないか)と思う。

小学校にいくようになると『児童科』になり、ここからぐっとバレエ教室っぽさが出てくる。

幼児科さんのときはニコニコやさしかった先生も、鬼の形相で尻を叩いてきたりするようになる。

ちなみにバレエ教室のあいさつは「おはようございます」と「おつかれさまです」or「お先に失礼します」。

幼児科のころから「ごあいさつはちゃんとしなさい!」と言われるので、礼儀的なものが自然に身に付くのはいいのかなと思う。

入り口で靴をぬいで階段をあがっていくと、受付があってピンクの公衆電話がある。

階段をたったったっと駆け上がりながら「おはようございまーす」と言う。

受付の横には名札が下がっていて、来たら裏返して、帰るときまた裏返す。

・・・すっかりわすれてたのに、その場にいるかのように思い出せてびっくり。

 

中学生にあがると『本科』になる。

『本科』の次はないので、これ以降は灰になるまで『本科』である。

レオタードはいろいろ種類があって、児童科さんまではみんな似たり寄ったりな色違いのレオタードを着ているのだが、本科からはアレンジ型が増えてくる。

びりびりTシャツとかレッグウォーマーとか。憧れていたなぁ。

けどそれは暗黙の了解で、上手な人しかやっちゃいけないスタイルって感じだった。

3歳からいると、本科のおねぇさま方はすごくきれいでかっこよくて素敵だったんだけど、いざ本科になった自分は特にきれいでも素敵でもなかった。

タイトルの「おさるのバレエ」のおはなしをしましょう。

わたしは子どものころから周りの子たちよりも身長が高かった。

それから遺伝的体型で、腕が長い。首も長い。これで足も長けりゃ文句はないのだけれど、足の長さは平均的だ。

腕の長さには今も困らされていて、体に合わせたサイズの服を買うと、大概袖がつんつるてんになる。いまいましい腕!

でかいわ、腕ながいわ、運動音痴でドタドタしているわ、おまけに猫背なので、しょっちゅう怒られていた。

 

そういうわけです。

3歳から中学3年まで約12年間も続けていたけれど、バレエを踊るのがすきだったかって聞かれたら、あんましすきじゃなかったと思う。

(上のイラスト「踊る」っていう字まちがえてるし…)

元来運動音痴と見た目コンプレックスをこじらせて卑屈な質なのだ。

稽古場全体を映し出す大きな鏡を前にして、そこに映る自分は、想像上の自分とは全くの別物で。

きれいじゃなくて、スタイルもよくなくて、顔を赤くしてへんてこな踊りをしている。

レオタードのひらひらやトゥシューズの輝きには胸をどきどきさせていたけれど、それらを身につけている自分は全然素敵じゃないからがっかりだった。

 

卑屈サンバを踊りつづけていても見苦しいだけなので、バレエあるあるのおはなしをいくつか。

 

【リフト】

バレエの花形はなんといってもリフトでしょう。

男性ダンサーにひょいっと持ち上げられて、微笑み、ポーズをとる姿は、なんとも可憐で美しく、力強い。

ちいさなオンボロバレエ教室でも、年に一回発表会があった。

大体3〜5つくらい男性ダンサーと踊る演目があったような気がする(うろおぼえ)。

男性と踊る人は選ばれしものたちなので、うちのようなちいさな教室だと毎年同じメンツがその役目を担っていた。(それが3〜5人だったと思う。)

見た目の華やかさに反して、めっちゃしんどいと思う。

持ち上げる男性もそりゃ大変だろうけど、持ち上げられてポーズ決める女性も相当大変。

指先や首筋がプルプルしているのを間近で見ていて、それすらも美しいなぁと思っていた。

ちいさいころは「いつかあれができるのかー」と皆憧れるけど、ある時気づいてしまう、あの場に立つことができるのはごく一握りの人間なのだと。

希望を捨てず努力していればいつかは立てるかもしれないけど。

(あはは!むりむり!わたしが?男性と?おどれないおどれない!むりむり!あはは!)

早々に諦めの境地に達した者たちは、その他大勢の引き立て役に徹するのである。

 

【チュチュ】

ちょっとチクチクした素材でできていて、長いのと短いのがある。

短くて、腰回り360度にバッとしてるやつが、やっぱりかわいい。

衣装がどれになるかは演目によるのでドキドキ。長いやつだと、ちょっとがっかり。

わたしは実は、このチュチュを着てトゥシューズを履いて舞台に立ったことがない。

チュチュを着ているけど、トゥシューズじゃなかったり、トゥシューズを履いているけど、別の衣装だったり。

トゥシューズを履けるのは小学校高学年くらいからなので、タイミングが合わないとこういうこともあるわけで・・・ちょっとせつない。

 

チュチュは、さかさまに持って歩きます。

周りへの配慮だと思うんだけど、このチュチュを逆さにして歩くお姉さま方がこれまた素敵で。

舞台裏でしか見られない姿、すきだったなぁ。

発表会間近になると、衣装をつけて稽古をするんだけど。

せまい稽古場にひしめく色とりどりのチュチュをさかさにしたきれいな人たち。

自分がきれいじゃなくても、それを見てるだけでわくわくして、しあわせだった。

 

【トゥシューズ】

トゥシューズにはすべりどめがあります。

松ヤニなのかな?なんか黄色い宝石みたいなの。

浅い木枠のなかに、布袋から黄色い宝石をばらばらと出して、トゥシューズのつま先でジャッジャッとつぶす。

ふみつぶされた宝石はただの白い粉になってしまう。

稽古場の隅にあるこの木枠の中にはいつも白い粉しかなくて、たまーにタイミングがいいと黄色い宝石を出してもらえた。

冬の朝の霜柱を踏みつぶすのよりすこし抵抗がある感じ、ジャリッとすぐつぶれて粉々になってしまう。

 

中学3年になって、高校受験を理由にバレエはやめた。

ほんとうは、辞めるって言えなくて、「休む」って言ってそのままになっている。

 

実家からすごく近かったから、やめたあとも道や駅やコンビニで、先生や生徒さんたちに会ってしまうこともあった。

逃げ切れないときはもじもじと挨拶をしたり、知らん顔をして足早に通り過ぎたり。

わたしってほんとだめだなぁと思う。

大学生のころ、バイト先にバレエ教室の生徒さん(男性ダンサーと踊る選ばれし者のひとり)がきて、「まりちゃん!?」ってなったとき、

「あらーもうお姉さんになっちゃって!メルモちゃんみたいでとってもかわいかったのにねぇ!」って言われて、

ああそうか、この人、3歳のときからわたしを知っているんだよな…と気づいた。

3歳なんて生まれたても同然くらいの頃からわたしを見ている人たちの前で、かっこつけたりつっぱったりひねくれたりしても、ぜーんぶお見通しだし、かわいいもんだったんだろうなと思ったら、とてつもなく恥ずかしかった。

そして逆に自分が、3歳から知っているような子に、その子が成長していく過程で、避けられたり距離をおかれたりしたら、とてもさみしいだろうと思った。

もっと素直に人に懐いたりできる人間だったらよかったのに、かわいくないことをして、自分をどんどんかわいくなくしていってるんだなと。

わかっているのに、なおせなくて、そのまま大人になってしまった。

 

先にも書いたとおり、たぶんバレエを踊るのはすきじゃなかった。

ただ、バレエのそばにいることはだいすきだった。

混み合った更衣室も、やさしいお姉さんたちも、親ですら呼び捨てにしないわたしを「まり!」と呼ぶ先生たちも、かわいい衣装も、バレエ音楽も、楽屋のドーランの匂いも、発表会の日の差し入れのカツサンドも、チュチュをさかさにしてあるく人たちも、トゥシューズの足音も・・・バレエのまわりには、わたしをドキドキさせるものばかりがあった。

なによりすきだったのは、本番中の演目を舞台袖からみること。

客席のだれもわたしの存在に気づいていない、でもわたしは今いちばんいい席でこの舞台をみているんだ。

いまでも舞台がすきで、なるたけ近くで演者さんを見ていたいと思うのは、バレエをやっていたころの記憶からだと思う。

 

最後の発表会はくるみ割り人形だった。

わたしは「行進曲」という演目にピエロみたいなかっこうをして出た。

くるみ割り人形は一番すきな舞台。

なかでも二幕の「情景(クララと王子)」という曲。

本場のくるみ割り人形とは演出がちがうかもしれないけど、うちの教室では出演者が全員でる演目だった。

この曲の途中まで幕は閉じられていて、みんな舞台の上でポーズをして静止している。

曲の一度目の盛り上がりではまだ幕はあかない。二度目の盛り上がりで、幕があく。徐々に客席がみえる。ライトが当たる。まぶしい。

先生が言うには、ここはみんなお人形だから、さいしょは止まってて、それから魔法がとけたみたいに動きだすのだと。

わたしはなぜか、この曲のとき、踊り子のひとりとして舞台上にいながら、幕の外側にいる観客が見るだろう情景を思い浮かべて恍惚としていた。

あの気持ちはなんだったんだろう。いまもわからないけど。ドキドキの最高潮。

今もこの曲を聴くと、あのときの感情が舞い戻ってきて身震いする。

 

ちいさなオンボロバレエ教室の発表会、今の自分が見たらそんなに素敵なものではなかったろうなと思うけど、

わたしの記憶のなかでは、とても美しくてきらびやかなものとなっている。

 

あと、いまだに発表会前の夢をみるのよね。

振り付けをおぼえていないのに発表会当日になってしまってすごく焦ってる夢。笑